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2018年08月19日
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丹生

2011年12月10日
「丹生」と書いて「にう」又は「にぶ」と読む。

若かりし頃、舞鶴の職場に勤めていた頃に大浦半島にある大丹生「おおにゅう」という地区に何度か足を運んだが、その頃は変わった地名だなとくらいにしか思わなかった。しかし、山遊びにのめり込みあちこちへ出かけるようになったら、「丹生」という地名を結構見かけるることに気付いた。
丹生とはいったいなんぞや?

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ちょっと調べてみたら、「丹」とは

1 硫黄と水銀の化合した赤土。辰砂(しんしゃ)。また、その色。に。
2 黄色みを帯びた赤色顔料。日本画に用いる。鉛の酸化物で、人工的に製造される。鉛丹。黄丹。
3 薬。特に、道家における長寿・不老不死の薬。

とある。

さらに調べると、丹=朱 で神社などの朱色はこの辰砂を精製して作ったものらしい。
そして丹色つまり朱色は血の色。古代から神聖な色として崇められていたと、ものの本にはある。

丹生とは単純に丹が生まれる場所。丹=辰砂が採れる場所なのだろうか。
実際、大丹生には水銀を含む地層があり、ここを流れる大丹生川の川辺には赤色の地層が見られるそうだし、全国、特に近畿圏に多い丹生という土地は古代水銀の産地だったらしい。

ちょっと待てよ・・丹・・丹後・・丹の後ろ・・これにも意味があるのか・・?
確かにこの地に伝わる「大江山の鬼退治」は、古代に貴重な鉱物が採取できる大江山の利権を争った朝廷と地方豪族の話が伝説化したものだと言うが・・・
丹の後ろ。上に対して下。光に対して影。後ろと呼ぶからには前があるはず。でも丹前なんて地名はない。
なんてひねくってみたが、単純に考えて京の都から見て丹波の後ろにあるから丹後なのだろう。あくまでも単純に。
では丹波っていったい・・・
Wikiってみると、「丹波国南部の亀岡盆地は太古は大きな湖であり、風が吹くと美しい丹色の波が立ったところから、このあたりを丹のうみ・丹波と呼ぶようになったとされている」とある。
興味深い話ではないですか!
続きには「出雲神話で有名な大国主命が亀岡と嵐山の間にある渓谷を切り開いて水を流し土地を干拓した」と。その渓谷が「保津峡」だとか。
では丹波にも丹生はあるのか?少し調べてみたがなさそうだ。正確な事はわからないけど、どーもこの湖に立った丹色の波と水銀はあまり関係が無いようで、単に神聖な湖として丹色の波云々と言うことになったのか?

と、個人的主観で実際の歴史学を勉強してる人から見れば笑われるような話で逸れてしまったが、単に色として利用するだけの辰砂なら採って砕くだけなのだろうが(そんな単純なものではないだろうけど)、大陸から金製品が渡来し、水銀が金の精錬に使われるようになると全国の辰砂採掘が盛んになったらしい。

ところで、この古代水銀を調べると、「秦氏」という人物?民族?に結構頻繁に出会う。
何でも水銀精錬術を日本にもたらしたのは渡来人であるこの秦氏だそうだ。
ふ~ん、秦氏ねぇ。
歴史の表舞台にはあまり出てこない(勉強嫌いだった僕が歴史の教科書に出てたのを知らないだけか・・・?)この秦氏の事、調べれば調べるほど面白い。
面白すぎてあれこれ本を買いすぎてしまったり(笑

そんな勉強嫌いな僕の、大丹生の地名から始まった歴史・古代ミステリー巡りの旅は、壮大な謎とロマンに満ち溢れ、驚愕の真実へと導かれていくのであった。
但し、それが真実なのか逸話なのかはわからない。信じる人は救われるのかもわからない(笑

続きはまた今度。
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